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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)2144号 判決

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人及び弁護人中村次郎の各上告趣意は、末尾に添えた書面記載のとおりであって、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

被告人の上告趣意について。

所論は、事実審に事実の誤認があることを主張すると共に「寛大なる判決を願う」というのであるが、このような主張は上告の適法な理由に当らないので採用できない。

弁護人中村次郎の上告趣意について。

刑訴二五六条六項によれば、起訴状には事件につき予断を生ぜしめる虞のある内容のものを引用してはならないのであるから、起訴状を作成する場合にはこの点につき愼重に考慮しなければならぬことはいうまでもない。そして、一般の犯罪事実を起訴状に記載するに当り、犯罪事実と何ら関係がないのに拘らず被告人の悪性を強調する趣旨で被告人に前科数犯であることを掲げるごときは、前記規定の趣旨から避くべきであることも論がないところである。しかし、本件で起訴された恐喝罪の公訴事実のように、一般人を恐れさせるような被告人の経歴、素行、性格等に関する事実を相手方が知っているのに乗じて恐喝の罪を犯した場合には、これら経歴等に関する事実を相手方が知っていたことは恐喝の手段方法を明らかならしめるに必要な事実である。そして、起訴状に記載すべき公訴事実は訴因を明示しなければならないのであり、訴因を明示するにはできる限り日時、場所、方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないことも亦前記刑訴二五六条三項の規定するところであるから、本件起訴状に所論のような被告人の経歴、素行、性格等に関し近隣に知られていた事実の記載があるからとて違法であるということはできない。されば、本件公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとの主張は採用できない。それゆえ、本件公訴を棄却することなく被告人に対し有罪を言渡した第一審判決には訴訟法の違反はなく、該判決を維持して被告人の控訴を棄却した原審の手続はもとより適法であるから、所論憲法三一条に違反するとの主張は、その前提となる事実を欠き問題とならない。なお、本件は刑訴四一一条を適用すべき場合とも認められない。

よって、本件上告を理由ないものと認め、刑訴四〇八条一八一条に従い裁判官全員の一致した意見により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三)

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